30分番組なのに短くて収録4時間!タモリ倶楽部の成り立ち


「毎度おなじみ流浪の番組、タモリ倶楽部でございます」で始まるタモリ倶楽部。今回はその成り立ちに迫ります。

スポンサードリンク

タモリ倶楽部とは


『タモリ倶楽部』は、テレビ朝日系列で1982年(昭和57年)10月8日から放送されている日本の深夜バラエティ番組。タモリが司会を務める冠番組であり、司会を務める番組の中では33年続く長寿番組。
出典 Wikipedia タモリ倶楽部

タモリ倶楽部の成り立ち

当番組は1982年10月8日から当時、毎週金曜日の24:10 – 24:40(JST)の深夜バラエティ番組として放送開始。同じくタモリが司会を務めたフジテレビ系列の帯バラエティ番組『笑っていいとも!』の放送開始から4日後のことであった。
この同時期放送開始には、タモリが所属する芸能プロダクションである田辺エージェンシーの代表取締役社長、田邊昭知(田辺昭知)の並々ならぬ後押しがあったという(田辺はタモリ本来のシュールな芸風を気に入っており、『笑っていいとも!』の司会をすることでその才能が鈍化するのを嫌って、シュールさを全面に出した同番組を企画したといわれている)。その後、どちらもタモリの代表的な番組となり、放送開始から33年続く長寿番組となった。
出典 Wikipedia タモリ倶楽部

タモリさんは「タモリさんの好きなことをさせよう」というコンセプトだったんですね。事務所の社長がどれほどタモリさんを大事に思っていたのかが伝わってきます。

コーナー

番組開始当初の80年代は、シュールな笑いのミニドラマ「愛のさざなみ」や東京近郊の謎物件を巡る「東京トワイライトゾーン」、アダルトな英語を教える「夜の英会話」など多種多様な人気コーナーがありました。90年代に入ると鉄道や坂道、古地図など、タモリさんの趣味企画が多く放送されるようになり、92年からの「空耳アワー」で」ほぼ固定化されました。
出典 タモリ学

なぜ安斎さん?

今ではソラミミストでお馴染みの安斎さんですが、どういう経緯であのポストについたのでしょうか。著者も、このブログを作成するまでは、長髪だからミュージシャンかな、ぐらいの認識でした。と安斎さんについてはタモリ倶楽部 ソラミミスト 安斎肇って何者?をご参照ください。そんな安斎さんを起用した理由についてタモリさんは語っています。

タレントだったらいっぱいいる、もっとできる人もいる、音楽評論家だっているけど、あんたみたいに何やっている人か分からない変な人がこういうコーナーをやっているのが良いんだよ

「何をやっているか分からない」確かにそうですね。安斎さんといえば、遅刻等でよく番組で怒られていたり、行天エピソードをほのぼのとお話されていたり、ポルノ監督をしていたり、実はデザイン界で素晴らしい実績を残していたり、、、、お仕事が多岐に渡っていて、しかもどれも楽しそうにお話をされています。肩に力の入っていないこの方は、タモリ倶楽部にぴったりですね。

関連商品

「タモリ倶楽部」夜の英会話 単行本 – 1987/4

タモリ倶楽部 東京トワイライトゾーン 新書 – 1989/4

タモリ倶楽部THEビデオ [VHS]

番組テーマ曲

オープニング・エンディング曲:The Royal Teens 「Short Shorts」

「空耳アワー」エンディング曲:Brian Hyland 「Baby Face」

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする