タモリ 遅咲きの年齢で芸能界デビュー 成り上がりの秘訣を公開


2013年10月24日 ニッポン放送開局60周年記念番組「われらラジオ世代」にて、笑福亭鶴瓶さんをゲストに迎えてトークが繰り広げられました。その際、タモリさんが実は人知れず悩んでいたことがあると話してくれたのです。

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芸能界入り


1975年に芸能界デビューした当時の年齢は30歳という、遅いものでした。活躍している人をはじめ、年齢が下の芸能人ですら先輩にあたることから、どうやって芸能界の本流に潜り込むか、をタモリさんは悩んでいたのです。当時の芸は、イグアナのような体芸、反知性を打ち出した中洲産業大学教授、デタラメ言語ハナモゲラなどキワモノ的芸人という立場であり、既存のどのジャンルにも属さず、師匠もいないタモリさん。笑福亭鶴瓶は落語家、明石家さんまは芸人、ビートたけしは浅草、というように、みんなが肩書のようなものを持っている中、彼らに対してどう同輩面し、なし崩しに先輩面できるように持っていくか、というのが70年代の命題だったのです。

タモリ 年齢 悩む

なりすまし

このような悩みを持っていたことを聞いた鶴瓶さんは、大変驚きます。タモリさんは悩みを一切表にだしていなかったのですから。悩みを表に出してしまうと、ますます芸能界の本流に乗り遅れてしまう、とタモリさんは言います。彼は誰の力も借りず、1人でこのような考えに至ったのですね。芸能界入りする前に赤塚不二夫さん宅に居候していたタモリさんですが、居候の秘訣は「卑屈になるな」だと語っています。芸能界に入ってからも、常に堂々とした姿勢でいることで、誰よりも早く周囲に自身を認めさせていったのでしょう。

タモリ 年齢 デビュー

タモリさんが堂々とした姿勢をとっていたと書きましたが、言い換えると、キャリアが上の人たちに対して先輩面をしながら、スっと場に入っていくという手法をとっていたのです。例えていいますと、タモリさんの方が年齢は1つ上だったけれども。キャリアとしてはずっと上だったビートたけしさんを最初から「たけちゃん」と呼んでいた、などなど。これが功を奏して、芸能生活5年目のキャリアで、お笑いオーディション番組「お笑いスター誕生!!」の審査員を務めるまでになりました。その結果、80年代に入ると、完全に「なりすまし」に成功することができていました。

なりすまし芸

80年代から、タモリさんは日本のお笑いタレントBIG3と呼ばれるようになります。芸歴としては、ビートたけしさん(デビュー1972年)、明石家さんまさん(デビュー1974年)の次に来るものの、年齢が一番上であることと、他の2人が芸人なのに対し、タモリさんは芸人のような文化人のような存在であったため、何故かBIG3に君臨しているように見られています。

俺の本当の芸はなりすましってやつだよね

「芸人ですか」と聞かれれば「いや、違います」、「文化人ですか」と聞かれれば「いや、私は芸人よりです」とフレキシブルに答えてきたタモリさん。占い師をやれと言われればできるし、なんでもなりすましができるそう。このなりすまし芸は、たもりさんの才能による部分も大きいとは思いますが、地道な努力もされていたのです。なりすまし芸については、タクシーでずっと練習していたのです。

「いつから運転手さんをされてるんですか」と聞けば、運転手さんが「実はもともとはこういう世界にいたんですよ・・・」という話の流れになれば、「そうですか。僕も実は・・・」と乗る。それはもう勝負ですよ。なりすましの。俺はなりすましのために毎日、新聞を読んでるの。すべての職業になりすますために一応知っておかないと。

タクシーの運転手との話の流れに沿って、いろんな役柄になりすますタモリさん。お茶の間の顔となった後も、タクシーの運転手相手に練習しており、そうやってなりすましているときがとても楽しい時間だと語っています。

まとめ

タモリ 年齢
なりすまし芸により、芸能界の今の地位まで上り詰めたタモリさん。師匠もなく、同じジャンルの先輩もいない状態で、誰から教わるでもなく、自分が成り上がるに最善の方法を考えだし、そして成功していく様は凄いとしか言いようがないでと著者は思います。ただ「なりすます」だけでは、普通の人では、すぐに芸能界から消えていたことでしょう。タモリさんの「なりすまし」はただの「はったり」ではなく、広い知識と卓越したセンスが備わっており、周囲の人はそれを認めていたのだと考えます。芸能界にデビューした時は30歳という遅い年齢でしたが、これが40歳、50歳だったら?タモリさんなら、変わらず成功していたことでしょう。

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